高齢者による事故が多発しているようです。
高齢者の事故の要因にはさまざまなものがありますが、その中でも特に最近注目されているのが「アクセルとブレーキを踏み間違えてしまった」というものです。
アクセルとブレーキは形状も位置も異なりますし、普通に運転をしている分には踏み間違いなど起こらないはずですし、そういった経験のないドライバーにとってはにわかには信じがたい話だと思います。
しかも、事故を起こしてしまった当の本人にはアクセルとブレーキを間違えてしまったという認識がないことが多く、「アクセルが戻らなくなってしまった」などとクルマの不具合を主張したりします。
いったいなぜ、こういった常識では考えられないような事故が起きてしまうのでしょうか?
ここでは、アクセルとブレーキの踏み間違い事故がなぜ起こってしまうのかについて、さまざまな観点から深く掘り下げて考えてみたいと思います。
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実はアクセルとブレーキの踏み間違いは若者に多い?
2013年のあるデータによりますと、アクセルとブレーキの踏み間違いによる人身事故が年間で6448件も起きており、54人の方が亡くなっているそうです。
年間で6千件以上起きているわけですから、ニュースなどで話題になる事故というのは、まさに氷山の一角ということになります。
アクセルとブレーキの踏み間違いというと、どうしても認知機能が低下した高齢者に多いというイメージがあります。
しかし、年齢別のデータを見てみますと、実際にアクセルとブレーキの踏み間違いで事故を起こした人の割合は20代が22%で一番高く、70代は17%、80代は10%となっています。
このデータを見る限りにおいては、アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故は高齢者に特有のものではなく、たとえ若い人であっても引き起こしてします可能性は十分にあるということになります。
つまり、高齢によって認知機能が衰えることによってブレーキとアクセルを踏み間違えてしまうといったような、単純な理由では片づけられない問題がここにはあるのです。
「アクセルとブレーキを踏み間違えるなんて、俺はそんなミスは絶対にしない」と運転に自信満々のあなたも、決して他人事ではありません。
年齢や認知機能とは関係なしに、人間の脳というのはパニックになると大きな勘違いをしてしまうことがあり、そのことによってブレーキとアクセルの踏み間違い事故が起きてしまうのです。
駐車場などからの発進時に一番多く発生する
アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故は、駐車場などでの発進や停止のときに一番多く発生するようです。
コンビニの駐車場と店舗のあいだに、頑丈なガードが取り付けられているのを目にすることも多いと思いますが、そういった対策が必要なほど駐車場からの発進や停止のときの事故は多いということです。
過去には、立体駐車場を飛び出して車が高所から落下してしまうという悲惨な事故も何度も起きています。
いったいなぜ、駐車場から発進や停止をするときに、アクセルとブレーキを踏み間違えてしまうのでしょうか?
後方確認時に気がつかないうちに足の位置がずれてしまう
アクセルとブレーキはすぐ隣の位置にあり、しかも同じ右足で操作をすることになります。
なんらかの原因で足の位置がずれてしまうことで、ブレーキを踏んだつもりが実際にはアクセルだったということが起こり得るわけです。
バックで駐車をしようとするときなどは、後方を確認するために不自然な姿勢をとることも多いと思います。
そういったときに、自分でも気がつかないうちに足の位置がずれてしまうということはつねに起こり得ることです。
止まるつもりで踏んだペダルで加速してパニックになる
AT車の場合はクリープ現象というものがあり、Dレンジやバックに入ったままだとアクセルから足を離しても、車はゆっくりと動きます。
そのクリープ現象を利用して駐車をする人が多いと思いますが、後方の車止めにタイヤが当たるのを確認してブレーキを踏んだりします。
あるいは、バックモニターで白線の位置にきたことを確認してブレーキを踏みます。
そのとき、ブレーキの位置にあると思っていた足がたまたまずれていて、アクセルの位置にあったりするとクルマを暴走させてしまったりするわけです。
本人はブレーキを踏んだつもりでいますから、突然クルマが加速をしてしまうことが理解できずにパニックになってしまい、そのままさらに強くアクセルを踏んでしまうことになります。
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直進で普通に走行しているときでもアクセルとブレーキを間違えます
駐車場などでの発進や停止のときだけではなく、普通に直進走行をしているときにもアクセルとブレーキも踏み間違いは起こります。
ぼんやりとクルマを運転しているときなどに、脇道からクルマや自転車などが急にあらわれたときなどに、そういうことが起こりやすくなります。
びっくりしてブレーキを踏んだつもりが、アクセルに乗せている足をそのまま強く踏んでしまうのです。
強く踏むペダルはブレーキという脳の思い込み
普通に車を運転しているときに、アクセルを「強く踏む」という場面はめったにありません。
よほど急いでいるときでもなければ、アクセルはソフトに踏むのが一般的です。
それに対して、ブレーキは危険を回避するために「強く踏む」という場面がしばしばあります。
そのため、ドライバーの脳内には「危険を感じたらペダルを強く踏む」という意識がインプットされています。
ところが、アクセルに足を乗せているときにたまたま危険を感じると、いま自分の足がどちらのペダルの上に乗っているかという判断をスルーしてしまうのです。
そして、瞬間的に「危険を感じたらペダルを強く踏む」という脳のアウトプットによりそのままアクセルを強く踏んでしまうわけです。
また、人間は危険を感じたときには、本能的に足を突っ張って体を守ろうとします。
ジェットコースターなどに乗ったとき、思わず足を踏ん張ってしまう人も多いことでしょう。
こういった直進時のペダルの踏み間違い現象は、クルマの運転に慣れていない初心者だけではなく、ベテランのドライバーにもしばしば起こります。
むしろ、ベテランのドライバーほど運転の慣れから来る集中力の欠如により、脇道からクルマや自転車などが急にあらわれたときにパニックになってしまう可能性が高いといえるかもしれません。
パニックになると誰もが踏み間違いによる事故を起こす可能性がある
ブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故のニュースをテレビなどで見るたびに、なぜそんな事故を起こしてしまうのか不思議に思っている人も多いと思います。
しかし、こうした事故は脳の勘違いが引き起こしているものであり、年齢に関係なく誰にでも起こり得ることなのです。
教習所で運転を教えている指導員が、アクセルとブレーキの踏み間違い事故を起こしてしまったという事例も実際にあります。
運転の技術とか理性や知識といったものではどうにもならない現象が、パニックになったときには起きてしまうのです。
なぜ踏み間違えた瞬間にアクセルから足を離さないのか?
アクセルとブレーキを踏み間違えたクルマの特徴として、
そのままアクセルを踏み続けて車を暴走させてしまうことが多いです。
踏み間違いに気がついたら、その時点ですぐにアクセルから足を離せばいいはずなのに、
なぜそのままアクセルを強く踏み続けてしまうのでしょうか?
自分の思い込みと反対の現象が起こると人間はパニックになる
ドライバーは、危険を感じた時にペダル(ブレーキ)を強く踏むという意識が脳にインプットされています。
そして、ペダルを強く踏むことで当然クルマは停止するはずだという思い込みが頭にあります。
ところが、その思い込みとは反対の動きをクルマがしたときに、人間の脳はパニックを起こします。
「ペダルを強く踏んだのだから車は停止するはず」という自分の思いとは裏腹に、ペダルを強く踏んだとたんに車は猛烈に加速をするわけですから、パニックを起こすのは当然です。
人間は、パニックになっているときに冷静な判断をするというのは不可能です。
事故のニュースを見た人は、「なぜアクセルから足を離さないんだろうか」と疑問を持つと思いますが、足を離せばクルマの加速が止まるという冷静な判断がパニックになるとできないのです。
パニックになってアクセルを踏んでいるという認識がない
身近な人が事故にあったり急病で倒れてしまったりしたときに、パニックになってしまって「110番」や「119番」の番号が思い出せなかったという人の話をよく聞きますが、これは笑い話でも何でもなく、そういった状態に人間はなってしまうのです。
実際に、アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故を起こした人の証言には「ブレーキを踏んだのに車が加速をした」というものが多いのです。
つまり、自分がアクセルペダルを踏んでいるという認識すらないのです。
本人はブレーキを踏んだと思っているのにクルマがどんどん前に進んでしまったことでパニックになり、なんとかクルマを止めようとしてより強くアクセルを踏み込んでしまうのです。
これが、アクセルとブレーキを踏み間違えたときに、暴走を止められなくなってしまう原因といえます。
「自分は絶対にペダルの踏み間違いなど起こさない」と思っていても、いざパニックに陥ってしまうと、自分の行動を理性ではまったく制御できなくなってしまうのが人間という生き物なのです。
アクセルもブレーキも右足で操作するから踏み間違いが起こる?
クルマを運転するときに使うのは両手と右足で、左足は何もしていません。
もしクルマのブレーキが左足で操作する仕組みになっていれば、今日のようにアクセルとブレーキの踏み間違い事故が問題になることはなかったもしれません。
どちらも同じ右足で操作するから、アクセルをブレーキと勘違いして強く踏んでしまうことがあるわけです。
では、なぜクルマのブレーキとアクセルはどちらも右足で操作をするようになっているのかといいますと、左足はクラッチ操作に必要だったからです。
左足はシフトチェンジのたびにクラッチを操作しなければならないために、右足はブレーキとアクセルを掛け持ちすることになってしまったわけです。
現在ではAT車が主流ですからクラッチ操作は必要なく、左足は走行中に何もする必要がなくなってしまいました。
そのため、左足でブレーキを操作することは可能なのですが、もともと右足でブレーキ操作をすることを前提でペダルの位置が決められていますので、実際に踏んでみるとかなりの違和感があります。
また、これまでずっと右足でブレーキを踏んでいた人が左足に変えるとなると、ブレーキングの感覚が分かるまでにしばらくの時間がかかるでしょうし、慣れるまでの間はむしろ危険ですらあります。
これまで長い間、ずっと右足でブレーキを踏んでいた人が、横道からの飛び出しなどに遭遇したときには、左足ではなくこれまでずっとブレーキングに使っていた右足を反射的に強く踏み込んでしまう可能性があるからです。
左足ブレーキングを普及させるためには、設計の段階からペダルの位置を変えなければなりませんし、教習所でどのように指導していくかなど、クリアしなければならない課題は少なくありません。
ちなみに、F1などのレースの世界では、左足でブレーキ操作をするのが一般的になっています。
レーシングマシンもミッションのオートマチック化が進んで、左足がクラッチ操作から解放されたからです。
レーシングドライバーのように訓練を積んで、なおかつマシンもそれに対応した構造になっていれば、右足でアクセルとブレーキの両方を操作するよりも安全で効率よくクルマを走らせることができるのでしょう。
AT車の普及が踏み間違い事故を増やすことになった?
現在、公道を走っている自家用車の98%はAT車だといわれています。
つまり、私たちの乗るクルマはほぼすべてAT車といってもいいような状況になってしまったわけですが、実はこのことがアクセルとブレーキの踏み間違い事故を増やす原因の1つになった可能性があります。
マニュアル車の場合は、意図的にエンジンブレーキを効かせるとき以外は、ブレーキングと同時にクラッチペダルを踏むことになります。
クラッチペダルを踏みこめば、エンジンからの動力源が切れますので、仮にアクセルとブレーキを踏み間違えたとしても、エンジンが空ぶかし状態になるだけで、クルマが暴走してしまうことはありません。
また、仮にクラッチを踏まなかったとしても、AT車のように一気に加速をしてしまうということはなくなります。
AT車の場合、走行中にアクセルを強く踏むとシフトダウンが起こって急加速をすることになります。
AT車で踏み間違いを起こすと、わずかな時間で100km/h以上のスピードまで猛烈に加速をしてしまって、悲惨な事故につながったりします。
このAT車特有の勝手にシフトダウンが起こって急加速をしてしまうということが、アクセルとブレーキの踏み間違いでパニックを起こしてしまう原因の1つになっていると思われます。
ところが、マニュアル車の場合には勝手にシフトダウンをするということはありませんので、踏み間違いが起きたとしても高いギアに入っていれば加速はゆるやかです。
また、コンビニの駐車場などで起こる踏み間違いの暴走事故では、AT車特有のクリープ現象が原因になっている可能性があります。
クリープ現象というのは、シフトレバーがDやRに入っていると、アクセルを踏まなくてもブレーキから足を話しただけでクルマが動き出す現象です。
バックで駐車をするときには、多くの人がこのクリープ現象を利用すると思いますが、このときはアクセルもブレーキも踏んでいない状態です。
その状態から、ブレーキペダルを踏もうとして間違ってアクセルペダルを踏んでしまうことで暴走が起きるわけです。
ところが、マニュアル車にはクリープ現象というのはなく、クルマをゆっくり動かすためには半クラッチという操作が必要になりますので、踏み間違いによる暴走はおきにくくなります。
アクセル操作だけで動き出すAT車にくらべて、アクセルとクラッチの両方の操作によってはじめて動くことのできるマニュアル車は、誤操作による暴走事故が起きにくい仕組みであるということがいえます。
自動ブレーキによる踏み間違い事故の防止対策
アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故を防止するためには、どうしたらいいのでしょうか?
踏み間違いをしてしまった時点では、人間はパニックを起こしてしまっていますので、その時点での冷静な対応は困難といえます。
最近では、衝突被害軽減ブレーキシステムを搭載したクルマが増えているようです。
アクセルを強く踏んだときに、衝突する恐れがあると警報音でドライバーに注意を喚起したりエンジンやブレーキを制御して事故を未然に防いだりするというものです。
また、駐車場などでの踏み間違いによる暴走を防ぐために、後方に障害物がある状態でバックをするとエンジンの出力を抑制して自動でブレーキをかけるようなシステムもあるようです。
経済産業省でも、こうした安全運転をサポート車の普及や啓発につとめています。
参考:「安全運転サポート車」の普及促進に向けた取組~経済産業省
確かにこうした車の先進的な安全技術は、ペダルの踏み間違いといったヒューマンエラーには非常に有効です。
しかし、道路の状況や天候などによってはうまく作動しないこともあるようなので、そういった装置によってペダルの踏み間違い事故を完全に防げるということではありません。
また、政府は高齢者向けに「自動ブレーキ付き自動車限定免許」の交付を検討しているようですが、これもどこまで踏み間違い事故防止に効果があるのか疑問なところがあります。
参考:高齢者向け 自動ブレーキ付き自動車限定の新免許を検討~NHK
なぜなら、冒頭にも書きましたように、アクセルの踏み間違い事故というのは、高齢者だけが起こすわけではないからです。
たとえ20代の若い人であっても、運転中に予想外のことが起こって脳がパニックを起こしてしまえば暴走事故につながってしまうのです。
アクセルとブレーキの踏み間違い事故を減らすためには、何らかの抜本的な対策が必要であるといえそうです。
文:山沢 達也