現在、日本国内を走っているクルマのほとんどは、クラッチのないAT車です。
「オートマなんてかったるいし、燃費も悪いから乗りたくない」
いまから30年ほど前には、多くの人がそう思っていました。
当時のATは性能的にいまのATとはくらべものにならないほど低く、MT車とくらべると発進時や加速時に「かったるい」と感じたのは事実です。
しかし、最近のAT車は見違えるように速くなりました。
レーシングドライバーなどの優れたドライビングテクニックの持ち主以外の人が運転すると、MT車よりもAT車の方が圧倒的に速く走ることができるのです。
なぜ最近のAT車は速くなったのでしょうか?
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AT車とMT車をテストコースでタイム測定した結果
ベストカー誌に、MT車とAT車でテストコースを走らせたときのデータが掲載されています。
テストにチャレンジしたのは、一般ドライバーのA氏とB氏、そしてプロのレーシングドライバーC氏の3名です。
テストに使用したクルマは、カローラスポーツ、スイフトスポーツ、シビックハッチバックの、それぞれAT仕様とMT仕様です。
テストの結果は以下の通りです。
●カローラスポーツ
A氏:MT=1分05秒59 AT=51秒04
B氏:MT=1分00秒18 AT=58秒70
C氏:MT=47秒52 AT=47秒71
●スイフトスポーツ
A氏:MT=59秒62 AT=54秒85
B氏:MT=59秒25 AT=56秒30
C氏:MT=45秒92 AT=46秒22
●シビックハッチバック
A氏:MT=1分05秒32 AT=52秒50
B氏:MT=55秒54 AT=57秒50
C氏:MT=44秒38 AT=45秒62
これらのデータから、一般のドライバーが運転するとMT車よりもAT車の方が圧倒的に速く、プロのレーシングドライバーが運転をすると、わずかながらMT車の方が速いということがお分かりになるかと思います。
つまり、レーシングドライバーなどの高度な運転テクニックを持った人でなければ、マニュアル車をオートマ車よりも速く走らせることはできないということになります。
なぜ昔のオートマ車はかったるかったのか?
現在のクルマをAT車とMT車で乗りくらべた場合、普通の人が運転したら圧倒的にAT車の方が速いということが分かりましたが、それではなぜ昔のAT車はかったるかったのでしょうか?
そこには、いくつかの理由がありますが、1つずつ具体的に解説をしていきたいと思います。
ロックアップ機構によってパワーの伝達ロスがなくなった
かつてのオートマチック車の加速がかったるいと感じたのは、エンジンのパワーを効率よくトランスミッションに伝えることができていなかったということが大きな理由の1つになります。
AT車は、クラッチの代わりにトルクコンバーター(トルコン)という装置を使ってエンジンのパワーをトランスミッションに伝える構造になっています。
トルクコンバーター内部にはオイルが満たされており、エンジンの回転力によって撹拌されたオイルによってトランスミッション側に出力を伝達しています。
トルクコンバーターの仕組みは、次のようにイメージするといいでしょう。
2台の扇風機を向き合わせて、片方の扇風機のスイッチを入れるともう片方の扇風機も風を受けて回りだします。
2台の扇風機の間には、空気を介在して回転力が伝わったことになります。
この「空気」を「オイル」に置き換えたのがトルクコンバーターであると考えると分かりやすいでしょう。
トルクコンバーターでは、エンジンとトランスミッションの間にオイルという液体が介在しているために、パワーはダイレクトに伝わりません。
つまり、伝達ロスが生じてしまうわけです。
そこで登場したのが、ロックアップ機構という装置です。
ロックアップ機構というのは、トルクコンバーターを機械的に固定してしまう装置で、マニュアル車のクラッチのようなものです。
つまり、ロックアップ機構が働いた状態というのは、マニュアル車と同様にエンジンの出力がダイレクトにトランスミッションに伝わっている状態ということがいえます。
現代のクルマは、電子制御によってトルクコンバーターとロックアップ機構をうまく使い分けて、エンジンからの出力をトランスミッションに最小限のロスで伝えることができるようになっています。
かつてのオートマチック車には、このロックアップ機構がついていなかったり、ついていたとしてもオーバートップ使用時だけだったりしたために、発進時や加速時に「かったるい」と感じたわけです。
オートマチック車の多段化による伝達効率のアップ
AT車が「かったるい」と感じた30年前は、トランスミッションは3速か4速があたり前でした。
ところが最近のAT車は、5速や6速があたり前になり、車種によっては8速や10速といったATを搭載しています。
トランスミッションを多段化することによって、変速時のエンジン回転数の変化を少なくすることができますので、パワーを効率よく伝えることができるようになります。
技術の進歩により、こうした多段化が可能になったという点も、AT車が速くなった理由の1つといえます。
CVTというシームレスな変速機の登場
ここまでは、トルクコンバーター式のオートマチック車について解説してきました。
しかし、最近ではトルクコンバーター式のトランスミッションを採用するクルマは少数派となっています。
最近のAT車は、CVTというシームレスに変速をすることができるシステムを採用することが多くなっています。
クルマのエンジンというのは、ある程度まで回転数をあげないと強いトルクが発生しないという特性がありますが、CVTはそうしたエンジンの一番効率のいい回転数をうまく活用することで効率をあげています。
このCVTが普及したことも、オートマチック車が速くなった一因と考えていいでしょう。
CVTの詳しい仕組みについては、以下のページをご覧になってください。
参考ページ:CVTを搭載した車は一般のAT車にくらべてなぜ燃費が良くなるのでしょうか?
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劇的に燃費もよくなった現在のオートマチック車
ATの技術的な進歩によってパワーの伝達ロスが少なくなり、オートマチック車は劇的に速くなりました。
しかし、伝達ロスが少なることによるメリットはそれだけではありません。
現在のオートマチック車は、燃費も劇的によくなっているのです。
30年前は「AT車=燃費が悪い」という考え方が常識でした。
当時のAT車の実燃費は、MT車の7割程度でしたので、燃費を気にする人がAT車を選択するということはまずありませんでした。
当時は、2000ccクラスのAT車の実燃費が、街乗りだと7km程度でした。
ところが、最近の2000ccクラスのAT車は、実燃費で13kmほど走ってしまいます。
参考:マツダ アテンザワゴンの実燃費
現在販売されているクルマのほとんどがAT車になってしまったのは、速さにおいても燃費においても、MT車のアドバンテージがほとんどなくなってしまったからといえます。
国産最速のGT-Rもいまやオートマチック車?
かつては、スポーツカーといえばマニュアルミッションが定番でした。
理由は、これまで何度も書いてきましたように、昔のAT車は「かったるかった」ので、スポーツカーには不向きだったからです。
「かったるい」スポーツカーなんてジャレにもなりませんから、当時は必然的にスポーツカーにはMTが採用されていたわけです。
ところが、最近ではスポーツカーでさえも、普通にATが採用されるようになっています。
意外に思うかも知れませんが、国産最速のスポーツカーである日産のGT-Rには、マニュアルミッション仕様はありません。
GT-Rには、アクセルとブレーキの2ペダルだけで運転することができる「デュアルクラッチトランスミッション」が採用されています。
Aモードを使用すると通常のAT車と同じように全自動変速で走行が可能です。
シフトレバーをMモードに入れると、セミオートマチックモードになり、ハンドルの横に取り付けられたパドルシフトによって自在に変速できる仕組みになっています。
クラッチ操作は必要ないけれども、シフトチェンジはマニュアルで行うために、セミオートマチックと呼ばれているわけです。
さらにRモードに切り替えると、わずか0.2秒でシフトチェンジが可能になります。
どんなに腕のいいドライバーでも、クラッチのついたマニュアルミッションを0.2秒でシフトチェンジすることは不可能です。
こうして、スポーツカーの世界でも、クラッチのないクルマがMT車よりも速く走れる時代になってしまっているのです。
文:山沢達也
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