いまのクルマやバイクはすべて4ストロークのエンジンを搭載していますが、かつてはバイクや軽自動車に2ストロークエンジンが使われていたことがありました。
しかし、構造的に排ガス規制をクリアすることが困難なこともあり、平成18年度の排ガス規制以降は一部の競技車両用を除いて、2ストロークを搭載しているバイクやクルマは消滅することになりました。
そんな2ストロークエンジンですが、環境問題以上に深刻な問題がありました。
それが、エンジンンの逆回転問題です。
エンジンが本来の方向と逆にまわってしまうと、どういったことが起こるのかは容易に想像がつくことでしょう。
ドライバーが前進しようと思ってアクセルを踏み込むと、突然バックするのです。
あるいは、バックしようと思っていたクルマが突然前進してしまうのです。
なぜ2ストロークエンジンだとそんな恐ろしいことが起こってしまうのでしょうか?
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考えただけでゾッとする2ストロークエンジン車での立体駐車場利用
立体駐車場からクルマが飛び出して、地面に落下してしまうという事故をときどきニュースなどで耳にします。
ATのセレクターを切り替えるときに、ドライブモードとバックを間違えることが原因でそういった事故が起こるといわれています。
しかし、そういった操作ミスが一切ないにもかかわらず、立体駐車場で自分の意図した方向と反対にクルマが動き出したとしたら。。。。
想像するだけでもゾッとすると思います。
ゾッとするようなシチュエーションは、立体駐車場に止めているときだけではありません。
たとえば、岸壁の近くにクルマを止めて海を見ているときなどです。
エンジンをかけたあとバックギアに入れて、クルマを方向転換しようと思った瞬間、突然海の方向に向けて走り出してしまったりしたら、心臓が口から飛び出すほどびっくりするに違いありません。
そんな車に乗っていたら、命がいくつあっても足りません。
しかし、2ストロークエンジンを積んだ車だと、そんなことが普通に起こる可能性があったのです。
軽自動車を「押しがけ」して意図的にエンジンを逆回転させて遊んだ?
現在のクルマはほとんどがAT車となっていますので、「押しがけ」をすることはできません。
「押しがけ」というのは、クルマを人力で動かして勢いをつけたあと、クラッチをつないでエンジンを始動させる方法です。
昔のクルマは始動性が悪く、エンジンがなかなかかからずにバッテリーをあげてしまうことも少なくありませんでした。
そんなときに、よくやったのがこの「押しがけ」によるエンジンの始動です。
2ストロークエンジンの軽自動車に乗っている人は、よく遊びで「押しがけ」によるエンジンの逆回転をさせて遊んだりしていました。
シフトレバーを3速あたりに入れて、クルマを後方に向けて人力で押したあとに、クラッチを離せば逆回転でエンジンがかかります。
エンジンが逆回転するとどうなるかといいますと、ミッションの表示がすべて逆になります。
たとえば、前進4速、後進1速のクルマのエンジンが逆回転すると、後進4速、前進1速ということになってしまうわけです。
また、押しがけではなく、セルモーターをちょっとだけ回す「チョイがけ」をすることでも、意図的に逆回転にすることが可能だったようです。
このように、2ストロークのエンジンを逆回転させることは簡単にできたわけです。
もちろん、こうして意図的に逆回転させた状態であれば、ドライバー自身がそれを認識していますから特にあわてるということはありません。
しかし、自分がまったく意図しない状態でクルマが逆方向に進むとパニックになってしまいます。
エンジンの逆回転による事故で社会問題になった初代スズキアルト
1979年に発売された初代アルトの2ストローク550ccエンジンが、しばしば逆回転を起こして社会問題になったことがあります。
実際に何件か事故も起こっていますが、ほとんどが軽微な事故で大事には至らなかったようです。
初代アルトが逆回転を起こした原因は、点火時期の調整の不備であったとされています。
初代アルトは、47万円という激安価格で人気になったクルマですが、エンジンの逆回転が社会問題にまでなることは想定外だったことでしょう。
そういった逆回転問題や、排ガス規制がどんどん厳しくなったこともあり、初代アルトは1981年のモデルからは4ストロークエンジンを採用することになりました。
意図的にエンジンを逆回転させてバックギアの代わりにしていたクルマ
ドイツの軍用機メーカーであるメッサーシュミット社が1955年に発売したKR200というクルマがあります。
このクルマは前後二人乗りというコンパクトなクルマで、エンジンも2ストロークの191ccと非常に小さなものでした。
このメッサーシュミットKR200のユニークなところは、バックギアを省略しているという点です。
その代わり、バックしたいときにはエンジンを逆回転させて進む仕組みになっていたのです。
スターターキーを普通に回すとエンジンは正常な回転方向で回り、スターターキーを押し込んだ状態で回すと逆回転する仕掛けになっていました。
そのため、前進していた状態からバックに切り替えるためには、いったんエンジンを切らなければなりませんでした。
そんなクルマが普通に売られていたわけですから、おおらかな時代だったといえます。
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90式戦車のエンジンは2ストロークのディーゼルです
2ストロークエンジンというと、バイクや軽自動車に使われていた小さなエンジンというイメージがあると思います。
ところが、自衛隊で使用している90式戦車には2ストロークエンジンが使われているのです。
しかも、戦車に搭載されているのは、V型10気筒のディーゼルエンジンという、およそ2ストロークのイメージとは程遠いスペックのものです。
2ストロークエンジンは、同じ排気量であれば4ストロークエンジンの1.5倍ほどのパワーが出ることや、エンジンそのものがコンパクトなために機動性が重視される戦車にマッチしているのかも知れません。
ちなみに、この90式戦車の2ストロークエンジンは1500馬力を発揮します。
また、大型船などにも2ストロークのディーゼルエンジンが使われており、世界最大級の船舶用エンジンだと、排気量が2200万ccもあり、最高出力は85,000馬力にもなります。
2ストロークと4ストロークはどこが違うのか?
現在のクルマに搭載されている4ストロークエンジンと、ほぼ絶滅状態になっている2ストロークエンジンでは具体的にどこが違うのでしょうか?
4ストロークエンジンというのは、文字通りエンジンを動作させるための工程が次のように4ステップになるタイプです。
1. 吸入:吸気バルブを開放すると同時にピストンをさげてシリンダー内に空気を取り入れ、燃料を噴射して混合気を作ります。
2.圧縮:吸気バルブを閉じると同時にピストンを上昇させてシリンダー内の混合気を圧縮します。
3. 燃焼・膨張:圧縮された混合気に点火プラグで着火をすることで爆発を起こさせ、その膨張エネルギーでピストンを押し下げます。
4. 排気:押し下げられたピストンがそのままの勢いで戻ってくるときに、排気バルブを開いて爆発により発生したガスをシリンダーの外に吐き出します。
これらの一連の工程を終えるまでに、ピストンは2往復することになります。
つまり、4ストロークエンジンというのは、1回の爆発によってクランクシャフトを2回転させることになるわけです。
それに対して、2ストロークエンジンというのは、次のように2つの工程によって動作します。
1. 吸入・圧縮:吸気バルブを開いてシリンダー内に空気を取り入れ、そこに燃料を噴射して混合気を作ると同時に圧縮を行います。
2. 燃焼・膨張・排気:圧縮された混合気に点火プラグで着火することで爆発を起こし、ピストンを押し下げると同時に排気も行います。
このように2ストロークエンジンというのは、2つの工程で済んでしまうために、1回の爆発ごとにクランクシャフトが1回転することになります。
そのため、1回の爆発でクランクシャフトを2回転させる4ストロークエンジンにくらべて、パワーが出ることになります。
しかし、2ストロークエンジンは、その構造上、オイルをガソリンと一緒に噴射して燃焼させてしまうことや、完全に爆発しきれなかったガソリンをそのまま排出することなどから、どうしても排気ガスはきたなくなってしまいます。
また、4ストロークが2回転で1回爆発するのに対して、2ストロークは1回転で1回爆発することになりますので、燃料をたくさん消費します。
それと同時に、爆発と排気の工程を同時に行うために爆発エネルギーを100%ピストンに伝えることができずに効率が悪くなり、燃費悪化につながります。
このような理由から、2ストロークエンジンはハイパワーであるにもかかわらず、地球環境保護や省エネが重視される現代にはマッチしなくなってしまったわけです。
文・山沢 達也
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